英語を学ぶ際、最も初期に出会う単語の一つが「it」です。学校では「それ」と訳すように習いますが、実際の英語圏では単なる「それ」という枠に収まらない、非常に奥深い使われ方をしています。
「it」の基本的な役割は、話し手と聞き手の間で「すでに共通認識となっているもの」を指し示すことです。ここまでは日本語の「それ」と同じですが、英語の「it」はさらに抽象的な「空間」や「状況」そのものを受けることができるという大きな特徴があります。
その代表例が、天気や時間、距離を表す際の「it」です。 「It is raining.(雨が降っている)」や「It is 3 o’clock.(3時です)」といった文には、「それ」という訳は当てはまりません。英語は文法上、どうしても主語を必要とする言語です。そのため、特定の誰かや物ではない「漠然としたその場の状況」を表すためのダミーの主語として、便宜上「it」が置かれているのです。
日常会話の決まり文句にも「it」は頻繁に登場します。例えば「make it」という表現。直訳すると「それを作る」ですが、実際には「(時間に)間に合う」「都合がつく」「成功する」といった意味で多用されます。ここでの「it」は、達成すべき目標や望ましい状況そのものをふんわりと指しています。また、誰かを応援する時の定番フレーズ「Go for it!(頑張れ!/やってみなよ!)」の「it」も、目の前にある目標や挑戦を指しています。
さらに面白いのが、子どもの遊びである「鬼ごっこ」での使われ方です。英語で鬼ごっこは「tag」と言いますが、鬼のことは「demon」や「monster」ではなく、ずばり「it」と呼びます。鬼が別の人にタッチする時は「You’re it!(君が鬼だよ!)」と言います。これも、遊びの中で「特定の役割」という共通認識を「it」という短い単語で表しているからです。
また、ホラー小説の巨匠スティーヴン・キングの代表作に『IT/イット』という作品があります。このタイトルが「it」である理由は、正体不明で名状しがたい恐怖の対象を「あれ」「それ」としか呼べない不気味さを表現しているためです。得体の知れない存在を、あえてシンプルで日常的な「it」という単語で表現することで、より一層の不気味さを引き出しています。
このように「it」は、単なる代名詞という役割を超えて、英語という言語の根本的な構造や、人々の間の「言葉にしなくても分かるよね」という空気感を支える重要なパーツです。次に「it」に出会った時は、それが単なる「物」なのか、それとも「状況」なのか想像してみると、英語の感覚がより掴みやすくなるはずです。
