英語で「怒り」を表す単語といえば「anger」が代表的ですが、怒りの沸点やニュアンスによって、ネイティブスピーカーは実に多くの言葉を使い分けています。
日常会話で最も頻繁に使われるのは「mad」でしょう。特にアメリカ英語では「怒っている」という意味でカジュアルに使われますが、イギリス英語で「mad」と言うと、「気が狂っている」という意味合いが強くなることがあります。「不思議の国のアリス」に登場する「Mad Hatter(帽子屋)」が、怒りではなく奇妙な言動で描かれているのは、この本来の意味に基づいています。
さらに激しい怒りを表す言葉に「furious」があります。これは「激怒した」状態を指し、ギリシャ神話の復讐の女神「Furia(フリア)」が語源です。単に腹を立てているだけでなく、制御できないほどの激情を含んでいるのが特徴です。
怒りにまつわる慣用句も、視覚的でユニークなものが豊富です。よく使われる「see red」は「激怒する」という意味ですが、これは怒りで血が頭に上り視界が赤くなる感覚や、闘牛が赤い布を見て興奮するという(実際には牛は色を識別できませんが)通説に由来しています。また、産業革命時代の蒸気機関の仕組みから生まれたのが「blow off steam」です。蒸気を抜いて圧力を下げる様子から、「鬱憤(うっぷん)を晴らす」「ガス抜きをする」という意味で定着しました。
「lose one’s temper(かんしゃくを起こす)」という表現にも面白い歴史があります。「temper」はもともと、金属を練り合わせたり、さまざまな要素を適度に「混ぜ合わせる(調整する)」ことを意味していました。そこから心の平穏が保たれた状態を指すようになり、そのバランスを失う(lose)ことが、怒りを爆発させることへとつながったのです。
文法的な使い分けのポイントとして、「angry」の後ろに続く前置詞の選び方があります。原則として、人に対して怒る場合は「angry with someone」、出来事や物に対して怒る場合は「angry at (or about) something」を使います。相手が人間かそうでないかで前置詞が変わるのは、英語特有の感覚と言えるでしょう。
このように、英語の「怒り」には、神話や産業の歴史、そして人間の生理的な反応までもが言葉の中に織り込まれています。ただ「I am angry」と言うだけでなく、その時の感情の温度に合わせて言葉を選んでみると、コミュニケーションがより深まるかもしれません。
