私はスペイン語圏に数年ほど住んでいたのですが、イタリア語を聞いても7~8割は理解することが出来ます。「違う言語なのにお互いに理解できる関係」のことを、言語学では「相互理解可能性」と言いますが、ヨーロッパの言語は相互理解可能な言語が多いので羨ましい限りです。
そこで今回は「相互理解可能性」と「相互理解可能性が高い言語」についてご紹介します。
相互理解可能性とは
相互理解可能性とは、異なる言語の話者がお互いに理解できる関係性のことです。
相互理解可能性は、同じ言語から派生した言語で多くみられます。例えば、ラテン語の子孫のスペイン語とポルトガル語、古ノルド語の子孫のスウェーデン語とノルウェー語などは、比較的に相互理解可能性が高いと言われています。
日本語の場合、他の言語との関係があまり明確になっていない孤立言語(language isolate)とも言われているので、相互理解可能性がある言語は殆どありません。最近では、琉球語と同じ言語グループの日琉語族(Japonic languages)に分類する研究もありますが、日本列島以外で話されている言語との関係性は立証されていません。
一方、多くのヨーロッパの言語は、同じ言語グループ(language family)に属しているので、多くの場合、何かしらの言語と系統的な繋がりがあります。
系統樹説(family-tree theory)という理論によれば、インドやヨーロッパで話されている多くの言語はインド・ヨーロッパ祖語(Proto-Indo-European)という共通の言語から誕生したと仮定されています。そのため、現在でも理解し合える言語も存在するわけです。
ヨーロッパの言語は大家族のようなイメージですね。
また、ある言語の特徴が他の言語に伝染することもあります。波動説(wave theory)と呼ばれている考え方で、日本語の場合、中国から伝わった漢字や、欧米諸国などから伝わったカタカナ語が例としてあげられます。言語接触(language contact)によっても、相互理解の可能性は高まるといえるわけですね。
どうやって測定するのか?
相互理解可能性を測る方法や基準には以下のような例があります。
- 語彙の共通度 Lexical Similarity
- 言語間距離 Linguistic Distance
- 形態論 Morphology
- 音韻論 Phonology
- 統語 Syntax
語彙の共通度とは、「別の言語にどのくらい同じ単語が使われているか」を数値化した概念です。例えば、スペイン語とポルトガル語は80~90%、英語とドイツ語は50~60%の単語が共通しているという調査結果もあります。
言語間距離(もしくは言語間の距離)は、「言語間の違い」を距離で表した概念です。語彙や文法の類似性から測定します。形態論は「単語」を構成する仕組みのこと、音韻論は発音など「音」に関すること、統語は「文」を構成する仕組みのことです。
相互理解可能性は、構文、語彙、単語の構造、音など、複合的なアプローチで検証されています。
相互理解可能性がある言語は?
相互理解可能性がある言語には、以下のような組み合わせがあります。
- 英語 ⇔ スコットランド語
- オランダ語 ⇔ アフリカーンス語
- チェコ語 ⇔ スロバキア語
- ロシア語 ⇔ ウクライナ語
- イタリア語 ⇔ スペイン語 ⇔ ポルトガル語
- スウェーデン語 ⇔ ノルウェー語 ⇔ デンマーク語
- (主に文語)フランス語 ⇔ ロマンス諸語
- (主に文語)ドイツ語 ⇔ オランダ語
ロマンス諸語(仏、伊、西、葡)
相互理解可能性でよく取り上げられるのがロマンス諸語(Romance languages)です。
ロマンス諸語は、6~9世紀頃に俗ラテン語(話し言葉のラテン語)から枝分かれした、イタリア語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、カタルーニャ語などの言語のことです。今から約1000~1500年前までは同じ言語だったので、意思疎通ができても不思議ではないですよね。
ただ、完璧に意思疎通できるわけではなく、多くは文語の場合です。
例えばフランス語の場合、その他のロマンス諸語とは書面で相互理解が可能とされています。フランス語の書き言葉は17世紀頃からほとんど変化していませんが、話し言葉では大きな音韻変化があったためです。フランス語の発声って特徴的ですよね。
スペイン語とポルトガル語も相互理解が高いと言われていますが、こちらも口語ではなく文語の場合です。私もポルトガル語を話すブラジル人と話したことがありますが、イタリア語より聴き取りが難しかったです。Ethnologue(エスノローグ)の調査によれば、2つの言語間の語彙の共通度は89%とかなり高いのですが、顕著な発音の違いがあるからです。
文字で書かれた文語は静的ですが、視覚化されない口語は動的なので、時代・地域・話者などによって変化しやすいことが理由です。
ゲルマン語派(英、独、蘭)
英語が属しているゲルマン語派(germanic languages)はどうでしょうか。英語に関しては他の言語との相互理解可能性はそこまで高いとは言えないようです。
英語と最も相互理解が高いのはスコットランド語です。スコットランド語は、1066年から15世紀後半まで話されていた中英語(middle english)から派生した言語なので、500~1000年前は同じ言語だったからです。
英語と同じ西ゲルマン諸語(West Germanic languages)に属しているドイツ語とオランダ語も、相互理解可能だと言われています。オランダ語話者はドイツ語の約50%、ドイツ語話者はオランダ語の約40%を翻訳できたという研究もありました。翻訳できた語句を調べてみると、ほとんどは同根語(cognate)だったそうです。同根語とは同じ語源を持つ単語のことです。
オランダの国境近くに住むドイツ人と、ドイツの国境近くに住むオランダ人の知り合いがいるのですが、「2人が話す言語の違い」について以前尋ねたことがあります。その答えはどちらも「ほとんど同じ」でした。同じ言語でも、相互理解可能性の高さは住んでいる地域によっても変わるようです。
言語の境界(language border)では言語接触の機会が増加するため、お互いに混ざり合ったり、特徴が似ていく可能性が上がることもあるようです。
標準語と方言は「相互理解可能」?
ここまで、孤立言語(もしくは日琉語族)の日本語とはあまり関係がなさそうな相互理解可能性ですが、標準語と方言を区別する基準として利用されることがあります。
例えば、普段あまり聞かない方言って、なんだか別の言葉のように感じることがありますよね。以前青森に行った時に津軽弁を聞いたことがあるのですが、正直全く分かりませんでした。
興味深いことに、ユネスコではlanguage(言語)とdialect(方言)を区別せずにどちらもlanguageとして定義しています。言語と方言を線引きするには「国」や「国語」という政治的・社会的な要素が含まれるので、それを忌避していることも一因です。
言語研究団体のEthnologue(エスノローグ)も、鹿児島の与論島方言や沖縄の宮古方言など、日本の諸方言を「一つの言語」として分類しています。
同じ日本語といっても一枚岩ではなく、多種多様ですよね。
言語と方言の区別は困難だとする一方で、「相互理解可能性を使えば、言語と方言を区別する主要な基準になる」と主張する言語学者もいます。
例えば、「別の言語」はお互いに理解できることもありますが、理解できないことも当然あります。相互理解は必然ではありません。一方、方言と標準語は「同じ言語」なので、「相互に意思疎通できる必要がある」と考えられるからです。
- 別の言語同士 ⇒ 相互理解の必然性はない
- 標準語と方言 ⇒ 相互理解の必然性はある
「言語」の定義を「人の意思・思想・感情などの情報を伝達する手段」とした場合、もし伝達できないのなら、定義的には(同じ)言語とは言えないからです。それは別の言語です。
もちろんこの主張は1つの見解に過ぎません。
仮に「方言なら相互理解可能」だと定義してしまうと、理解できない方言があれば、どれも別の言語として定義しなければいけません。実際にそう区別している言語研究団体もありますが、そもそも、方言を理解できるか否かは話者によって異なります。標準語でさえ、話す世代や集団によって意思疎通が難しい場合もあります。
言語と方言の区別は難しい問題ですね。
ポルトガル語話者の方がスペイン語を理解できる?
「どのくらい相互理解可能性があるのか」は、言語の組み合わせによっても異なります。
言語学ではこのことを「非対称の理解可能性(asymmetric intelligibility)」と呼んでいます。
例えば、スペイン語とポルトガル語では、ポルトガル語話者の方がスペイン語の理解が高いという調査結果があります。その理由は、スペイン語の母音は日本語と同じで5つですが、ポルトガル語は9つもあるからです。普段聞きなれない発音が多いと、それだけ理解も難しくなります。
言語の構造が非対称なのと同じように、言語の理解度も非対称になると考えられます。
他にも、オランダ語とアフリカーンス語も非対称な組み合わせとして知られています。アフリカーンス語は17世紀頃にオランダ語から発達した言語ですが、オランダ語より文法が大分単純化されています。例えば、アフリカーンス語には動詞の人称変化がありません。そのため、オランダ語話者にとってアフリカーンス語は理解し易いと言われています。
この考え方によれば、発音や文法が複雑な言語の話者は他の言語を習得しやすい、と言えるかもしれませんね。日本人にとって「R」と「L」を区別するのが難しいように、普段から使い慣れていない&聞き慣れていない音や口の動きは、一朝一夕に模倣できるものではありませんからね。
まとめ
今回は「相互理解可能性」と「相互理解可能性が高い言語」についてご紹介しました。
相互理解可能性とは、異なる言語の話者がお互いに理解できる関係性のことです。語彙、文や単語の仕組み、音韻など、複合的なアプローチで検証されています。
共通の祖先から分離したインド・ヨーロッパ言語には相互理解可能な言語が多くあります。例えば、俗ラテン語から派生したロマンス諸語などです。ただ、相互理解可能性は対称的とは限りません。言語の構造が違うので、理解のし易さも異なるからです。
相互理解可能性が言語学習の一助になれば幸いです。