スペイン語とポルトガル語はお互いに理解できるほど似ていますが、一部の地域では2つの言語を混ぜ合わせた「ポルトニョール」という言葉も話されています。
そこで今回はポルトニョールの意味・特徴・定義・話者・例について解説したいと思います。
ポルトニョールとは
ポルトニョール(Portuñol, Portunhol)とは、スペイン語とポルトガル語が混ざった言葉、もしくは2つの言語を切り替えて話すことです。
ポルトニョール(ポルトゥニョール)という名前は、スペイン語やポルトガル語で「ポルトガル語」を意味するportugués, portuguêsと、「スペイン語」を意味するespañol, espanholが合わさった言葉です。スペルはスペイン語ではPortuñol、ポルトガル語ではPortunholと表記します。
ポルトガル語:português + espanhol = Portunhol
日本語では、ポルトニョールやポルトゥニョールと書くことが多いようです。
スペイン語とポルトガル語は、もともとラテン語から派生した言語なので、今でも語彙や文法に共通点があります。2つの言語の「語彙の共通度」は80~90%も一致しているという調査結果もあり、翻訳しなくても理解可能だとされています。
元々同じ言語だったので、また一つに戻ろうとしている現象とも言えますね。
ポルトニョールの特徴
ポルトニョールには統一した文法や規則はありません。
その理由は、色々な地域で話されていることが一因です。スペイン語やポルトガル語でさえ色々な話し方があるので、それを掛け合わせたらかなりの数のバリエーションになりますよね。これは英語とスペイン語が混ざったスパングリッシュ(Spanglish)と同じ特徴です。
新しい言語なのか
2つ以上の言語が融合してできる言語を、混合言語(mixed language)やハイブリッド言語(hybrid language)と言います。
ただ、ポルトニョールには言語としての統一性がないことから、融合言語と呼ぶには否定的な見解が多いようです。混合言語の例には、スペイン語の語彙とケチュア語の文法が混ざったメディア・レングア(Media Lengua)などがあります。
言語を切り替えているだけなのか
2つの言語を切り替えるだけのコードスイッチング(code-switching)と捉える見方もあります。
コードスイッチングとは、会話中に複数の言語を切り替えることです。コードスイッチングは言語の「融合」ではなく「使い分け」という点で、先ほど紹介した混合言語とは異なります。
スペイン語とポルトガル語は非常に似ていて、単語を言い変えても意思疎通が可能なので、コードスイッチングと捉える見解も多いようです。
ポルトガル語の方言?
一部の言語学者は、ポルトガル語の言語変種(variety)に分類しています。
言語変種とは、方言を発展させた概念で、ある特定の集団(地域、集団、家族、個人など)によって使い分けられている、色々な種類(variety)の話し方のことです。例えば、方言は「地域変種」、職場の言葉は「職業変種」、家族内の言葉は「家庭変種」と呼ばれています。
つまり、ポルトニョールはスペイン語が少し混ざったポルトガル語、という捉え方です。
下手なスペイン語やポルトガル語?
広義や冗談では、ポルトガル語やスペイン語の母語話者が話す、下手なスペイン語やポルトガル語のことも指すようです。
この場合、「きちんとした言語を話せない」という否定的なニュアンスで使われます。例えば、スペイン語と英語を合わせたスパングリッシュという言葉も、「スペイン語混ざりの英語」を揶揄して使われることがあります。
ポルトニョールの言語学的な位置付けには定説はありません。ただ、スペイン語とポルトガル語のコードスイッチング、もしくはポルトガル語の言語変種と見なす見解が多いようです。
話されている地域
ポルトニョールが話されている地域は、主にポルトガル語圏とスペイン語圏の国境周辺です。
Portuñolが話されている地域(南米)
Fobos92, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
上の図はWikimedia Commonsからお借りしました。黄色がポルトガル語が公用語の国、青色がスペイン語が公用語の国、真ん中の緑色の部分が「ポルトガル語とスペイン語が話されている地域」です。
具体的には、ポルトガル語圏のブラジルと、スペイン語圏のベネズエラ、コロンビア、ペルー、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチン、ウルグアイの国境付近ということになります。また、地図にはありませんがポルトガルとスペイン周辺でも話されています。
特に、ブラジルとウルグアイの国境付近で話されているポルトニョールは、話者数が多いこともありウルグアイポルトガル語(Uruguayan Portuguese)と個別に呼ばれています。
ウルグアイポルトガル語とは
ウルグアイポルトガル語とは、主にウルグアイのリベラ(Rivera)とブラジルのサンタナ・ド・リヴラメント(Santana do Livramento)で話されているポルトガル語の言語変種です。
この地域はスペイン語で「平和の国境」を意味するフロンテイラ・デ・ラ・パス(Frontera de la Paz)と呼ばれていて、ウルグアイとブラジルの国境の間に位置しています。名前の通り平和と共存の象徴になっています。
私も訪れたことがありますが、ここでは両国の行き来が法的な手続きなしに可能で、頻繁に言語接触(language contact)が行われています。話されている言葉はポルトガルが主体ですが、スペイン語と非常に似ていました。街中には「Plaza Internacional」という国際広場があり、ウルグアイとブラジルで主権を等分しています。
どうやら、2つの国で主権を共有している広場は世界で唯一ここだけなのだそうです。increíbleですね。そのため、この地域に住んでいる人は両方の国籍を持つ場合が多いそうです。色々と考えさせられる場所です。
なぜ話されるようになったのか
ポルトニョールが誕生した背景には、スペイン語とポルトガル語が入り乱れたウルグアイの複雑な歴史が関係しています。
ウルグアイは、ポルトガル人が進出していたブラジルと、スペイン人が進出していたアルゼンチンの間に位置しています。16~19世紀頃まではスペインとポルトガルの統治時代が続いていましたが、所有権は曖昧で、両国の間で行ったり来たりしていたようです。
19世紀に入ると、フランス革命(1789~1795年)やナポレオン戦争(1803~1815年)などの影響によってスペインやポルトガルの力が衰退し、ラテンアメリカでは独立の機運が高まります。
ウルグアイでも遅れること1811年頃から、スペインに対する独立運動が始まります。一時はブラジル帝国(1822~1889年)に吸収されるも、1825年に独立を宣言、1828年にモンテビデオ条約によってブラジルとアルゼンチンから独立が承認されました。
晴れて独立したウルグアイですが、北部はポルトガル語が話されるルゾフォニア(lusofonia)のままでした。ウルグアイ政府は、このままでは話す言葉がバラバラの国になってしまうという懸念を抱きます。そこで、国家の統一性を確保するために、スペイン語の普及を推し進めたわけです。
その結果、ルゾフォニアだったウルグアイ北部では、ポルトガル語だけでなくスペイン語も話されるようになり、社会レベルのダイグロシア(diglossia)が浸透するようになったわけです。
話される言語がトップダウンで決定され続けたことで、社会的にも言語が混合するようになったんですね。
ポルトニョールの例
ポルトニョール(特にウルグアイポルトガル語)で使われている語彙をいくつかまとめてみました。
スペイン語 | ポルトガル語 | ポルトニョール |
---|---|---|
comida | comida | bóia |
galleta | biscoito | bolashiña |
cenar | jantar | ciá |
harina | farinha | harina |
introducir | enfiar | infiá |
lavadora | lavadoura | lavarropa |
suerte | sorte | liga |
limón | limão | limáũ |
conducir | dirijir | maneyá |
mujer | mulher | muiér |
mucho | muito | muñto |
ayer | ontem | onte |
oveja | ovelha | oveia |
paloma | pomba | paloma |
zapato | sapato | sapato |
スペイン語やポルトガル語と似ている単語も多いですね。ただ、comidaとbóia、suerteやsorteとligaのように、どちらの言語とも形が異なる単語もあるようです。
ここで紹介した単語は一例です。というのも、ウルグアイポルトガル語の形態は、ブラジルで話されているポルトガル語から、アルゼンチンやウルグアイで話されているリオプラテンセ方言(español rioplatense)まで、様々なバリエーションがあるからです。ただ、同じ地域ではある程度の統一性はあるようです。
まとめ
今回は、ポルトガル語とスペイン語を混ぜ合わせた「ポルトニョールの意味・特徴・定義・話者・例」について紹介しました。
ポルトニョールには統一した文法や規則がなく、曖昧な点が多いため、定義についてはまだ体系化されていません。2つの言語の融合である「混合言語」や「ハイブリット言語」とみなされる一方で、2つの言語の切替である「コードスイッチイング」に過ぎないとする立場もあります。また、ポルトガル語の一種である「言語変種」だとする見方もあります。特に、ウルグアイとブラジルの国境付近で話されている「ウルグアイポルトガル語」は「言語変種」とみなす見方が多いようです。
ポルトニョールは、近年では話し言葉だけでなく、小説や文学も増えているそうです。これからのポルトニョールに注目ですね。