英語を学ぶ上で「that」と並んで最も初期に出会う単語が「this」です。「これ」や「この」という訳で親しまれていますが、実は単なる物理的な距離だけでなく、話し手の心理状況や文化的な習慣を色濃く反映する奥深い単語でもあります。
「this」の最も基本的な役割は、話し手にとって「物理的・時間的に近いもの」を指し示すことです。「that」が離れた場所にあるものを指すのに対し、「this」は手の届く範囲や、まさに今起きている出来事を表します。さらに、この近さは「心理的な距離」にも応用されます。自分が賛同するアイデアや、情熱を注いでいる対象に対しては、無意識のうちに「this」を使って親密さや当事者意識を表現することがよくあります。
日常的な習慣の中で「this」の面白い使われ方をするのが、電話での会話です。日本語では「私ですが」と言いますが、英語では「I am…」ではなく「This is…」と言います。例えば「Hello, this is John.(もしもし、ジョンです)」といった具合です。これは、電話というお互いの姿が見えない状況下において、「今ここで声を発している『こちら側(this)』の存在」を指し示すためだと言われています。
慣用句や日常表現にも「this」は欠かせません。例えば、信じられないほど素晴らしいものを褒める時に「out of this world」という表現を使います。直訳すると「この世界の外にある」となり、「この世のものとは思えないほど最高だ」というニュアンスになります。また、日常会話で「あれやこれや」と言う時は「this and that」と表現し、日常の細々とした出来事をひとまとめにする際に便利です。
文法的な特徴として、「this」は名詞や代名詞としてだけでなく、副詞として使われることもあります。例えば「I didn’t know he was this tall.(彼がこんなに背が高いとは知らなかった)」のように、程度を強調する役割を果たします。手で高さを「これくらい」と示しながら話す光景が目に浮かぶような、非常に臨場感のある表現です。
身近でシンプルな単語である「this」。しかしその背後には、話し手自身のパーソナルスペースや、いま直面している世界をどう捉え、どう関わろうとしているかという主観的な視点が隠されています。言葉の持つ「距離感」に意識を向けることで、英語の表現力がさらに豊かになるのではないでしょうか。
