英語はEUの公用語ではなくなるのか?【ブレグジット問題】

ブレグジット雑学・コラム

イギリスの欧州離脱が、2020年12月31日午後11時(日本時間1月1日午前8時)に正式に完了し、これによってイギリスはEUの規則に従う必要がなくなりました。個人的には政治経済の動向だけでなく言語の問題も気になります。なぜなら、英語がEUの公用語でなくなってしまう可能性が話題になったからです。あくまで可能性に過ぎませんが、その経緯について簡単にまとめました。

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英語はEUの公用語ではなくなるのか

事の発端はブレグジット

まずは事の発端から振り返りたいと思います。

英国でEUからの離脱を問う国民投票が実施されたのは2016年6月23日のことでした。この国民投票の結果、僅差で離脱派が残留派を上回り、正式に脱退が決定しました。Britain(イギリス)がExit(離脱)するので「Brexit(ブレグジット)」とも呼ばれ、世界的な話題になりました。EUに残っている国々にとっては面白くない結果ですよね。そのため、一部の政治家が「イギリスがEUを離脱したら、英語はEUの公用語じゃなくなる可能性がある」と言及したのです。

この一連の流れは、国民投票の結果発表から5日後(2016年6月28日)にはロイターの記事にもなっています。

参照:“Au revoir anglais? EU could drop English as official tongue after Brexit” Reuters

2022年2月現在、EUの参加国は27か国です。公用語になっている言語は24つで、英語もそのうちの1つです。EUには共通した言語政策がありませんが、多言語・多文化主義の理念に基づき、加盟国は自国の公用語を1つだけ欧州連合の公用語に申請する権利が認められています。1国1言語というのがキーポイントですね。

英語を公用語としている国は、脱退したイギリスを除けば、アイルランドとマルタの2か国だけです。ただ、アイルランドはアイルランド語、マルタはマルタ語をそれぞれ公用語として申請しています。つまり、イギリスがEUから離脱すると、英語はどこからも申請されない言語になってしまうのです。このような背景から、英語は欧州連合の公用語ではなくなるのか?という問題が起こったというわけです。

フランスにとって英語やドイツ語は脅威?

EUから英語を除外しようとする騒動は、主にフランスから提起されています。たとえば、フランスの国会議員や政治家の中には、EUの記者会見を英語ではなくフランス語で行うように要求したり、フランス語をEU唯一の作業言語に提案する人もいます。

参照:“Is France really trying to ban speaking English in the EU?” The Local

これらの要求は最近の話ではなく、東ヨーロッパの国々が矢継ぎ早に加盟した2004年頃から盛んになりました。加盟国は主に旧ユーゴスラビアの国々で、2004年5月1日に10か国が、2007年1月にはブルガリアとルーマニアが加盟しました。

  • 2004年5月:エストニア、キプロス、スロバキア、スロベニア、チェコ、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド
  • 2007年1月:ブルガリア、ルーマニア

これと何が関係あるの?ということですが、東ヨーロッパの国々の言語はドイツ語に理解がある国が多いです。下の図は「EUにおけるドイツ語の理解度」を表した図です。

EUにおけるドイツ語の理解度

出典:Wikimedia Commons, Public domain

ドイツの東側はドイツ語に理解がある国が多いですね。これは「ドイツ語の歴史をまとめた記事」でも取り上げましたが、5~10世紀の「ゲルマン化」、12~14世紀の「東方植民」、ナチズム時代の「東部総合計画」などのドイツ化が要因です。

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2015年にフランスの歴史学者エマニュエル・トッド氏が『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』という挑戦的なタイトルの本でも言及していますが、ドイツの一人勝ちによってフランスの立ち位置が相対的に低下しているということもあるでしょう。イギリス(英語)、フランス(フランス語)、ドイツ(ドイツ語)の三つ巴です。

そもそも1993年にEUが創設されたのは、大きく見ればヨーロッパの平和のためですが、母体となったのは1952年に設立された欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)で、長年抗争関係にあったフランスとドイツが戦争を起こさないように、石炭と鉄鋼の共同管理を取り決めたのが始まりです。ECSCの加盟国は、ドイツとフランスの他に、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの6か国で、イギリスは加盟していませんでした。つまり、EUの中心はもともとドイツとフランスだったわけです。

イギリスが欧州の地域統合に参加したのは、1967年に設立されたヨーロッパ共同体(EC)以降で、EC設立から6年後の1973年に正式に加盟が認められました。イギリスの加盟にフランスが何度か反対したという事情はありますが、後から入って来たのにやっぱり出ていく!と言われたら、誰だって良い思いはしないはずです。イギリスはユーロを導入していないように、元から欧州統合には懐疑的な立場でした。フランス側から英語が除外される可能性が提起されるのも不自然とは言えないかもしれません。

ただ、フランス語は依然として国際的なステータスは高く、主要な国際機関の中心言語であり続けています。たとえば国際連合や世界貿易機関(WTO)の公用語になっていますし、経済協力開発機構(OECD)や国際司法裁判所(CIJ)に至っては、公用語に規定されているのは英語とフランス語のみです。フランス語が競っている相手はその英語ですけどね。

英語はEUの公用語に残る

結論に入ると、①EUの意思決定プロセス、②英語の高ステータス、という点から、英語がEUの公用語から除外される可能性は低いと考えられます。

理由① EUの意思決定プロセス

始めに問題になるのが、「どうやって決定するのか」という意思決定プロセスです。

欧州連合の主要な意思決定には「全会一致」や「単純多数決」があります。2009年12月に発効したリスボン条約によれば、新規加盟国の承認などの「重要事項」の決定に関しては、全会一致が原則と定められています。つまり、一国でも反対票があれば成立しないわけです。

仮にこの問題が審議の対象になったとしても、アイルランドやマルタでは英語を公用語としているため、反対票を投じる可能性が高いと思われます。アイルランドはアイルランド語、マルタはマルタ語を指定していますが、英語をなくすデメリットはあってもメリットはないはずです。全会一致が原則ならこの時点で否決されます。

この議題が「重要事項」なのかについての基準は定かではありませんが、多言語主義を推進している国際機構なので、それに反するならそれなりの理由が必要になるはずです。

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理由② 英語の高ステータス

英語が世界の共通語として国際的に認知されていることも大きな要因です。

欧州連合は英国が離脱したことにより、2022年現在27か国が加盟していますが、EU域内で話されている言語はゲルマン語派、イタリック語派、スラヴ語派など多種多彩です。欧州連合の公用語は24言語全て「作業言語(working language)」に指定されています。

ただ、実際に使われている言語は英語、ドイツ語、フランス語の3言語のようです。たとえばEUの政策を執行する欧州委員会(European Commission)の作業言語は、英語、フランス語、ドイツ語の3言語だけです。

他の言語は必要に応じて使用されますが、仮に使われる言語がフランス語とドイツ語だけになってしまうと、27か国に対する翻訳作業がより困難になってしまいます。公用語と作業言語はまた別の話ですが、コストや効率面において、共通言語の英語が使われなくなるデメリットはかなり大きなものになりそうです。

また、欧州連合の活動は域内だけで完結するものではなく、輸出入や外交問題など対外的な政策も多々あります。それらの意思伝達手段として、フランス語やドイツ語だけが使用されるのは非現実的です。国際的なコミュニケーションツールとして広く定着している英語が公用語であり続ける必要性は依然として高いと考えられます。

英語はヨーロッパで最も広く理解されている言語というのも一因です。「ユーロバロメーター(Eurobarometer)」にの世論調査によると、2016年のEU市民の44%は母語もしくは第二言語として英語を話すことができ、最も理解度が高い言語になっています。これは英国が離脱してもそれほど変化していないそうです。ちなみに、ドイツ語は約36%、フランス語は29%です。ドイツ語もそこそこ高い数値ですね。

参照:“Despite Brexit, English Remains The EU’s Most Spoken Language By Far” Forbes

EU圏内の母国語の割合は、ドイツ語話者が最も多く約20%を占めます。次いで、フランス語、イタリア語、スペイン語です。英語の母語話者は英国が抜けたためEUの人口のおよそ1%にまで下がりましたが、EU市民が最も理解出来る言語には変わりません。多くの欧州機関の共通語にもなっています。

そもそも、米国や英国の情勢に関わらず、英語は共通語や中立語としての位置を確立しています。イギリスが覇権国家を握ったパクス・ブリタニカが終わった20世紀初頭でも、英語が拒絶される可能性が議論されましたが、結果的に現在でも使用されています。

イギリスではなくアメリカの影響も大きいと考えられます。2001年のアメリカ同時多発テロによってアメリカ衰退論が再燃化し、複数の大国が覇権を争う多極体制の到来や、米国の政治学者イアン・ブレマーが『「Gゼロ」後の世界―主導国なき時代の勝者はだれか』で提唱した「Gゼロ」などが話題になりましたが、アメリカは依然として超大国でパクス・アメリカーナは暫く継続しそうです。

アメリカのソフトパワーの影響も指摘されています。アメリカの映画・テレビ・音楽の力は、EUの若年層に対する英語の普及を促進させました。英語の普及がアメリカの文化やソフトパワーによるものなら、イギリスが離脱してもそれほど変化することはなさそうですね。

英語は「イギリス英語」でも「アメリカ英語」でもなく、「世界中で話している話者全てに属する言語」とも言われています。このことはEUの言語問題でも同じことが言えそうです。

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まとめ

今回は「英語がEUの公用語でなくなる可能性」について解説しました。結論をまとめると、下の2つの理由から、英語はEUの公用語として残ると考えられます。

  1. 重要事項に関する決定はEU加盟国の全会一致が原則だが、反対する国が存在する
  2. 英語はEU圏内だけでなく、対外的にも高い需要がある

今後ともEUやブレグジット問題から目が離せません。

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