日本語や英語など多くの言語は、さまざまな外国語の単語を取り入れて、現在の形に成っています。実は同じ語源を持っているのに、意味やつづりが全く違う単語のことを、言語学では二重語(doublet)と言います。そこで今回は、二重語の意味や例についてご紹介します。
二重語とは何か
二重語(doublet)とは、ある言語の中で、同じ語源なのに、違う意味や形を持つ単語のことです。
例えば、日本語の「ガラス」と「グラス」はどちらも英語ではglassと表記します。つまり、日本語のガラスとグラスは二重語といえます。英語では加算の場合はグラス(a glass, glasses)を意味し、無冠詞・不加算の場合は材質のガラス(glass)を意味します。
二重語はなぜできるのか?
二重語の多くは、異なるルートで伝わったために起こります。また、時間の経過とともに意味やスペルが変化する場合もあります。
先ほど紹介した、ガラスとグラスの例を見ていきたいと思います。
ガラスはオランダ語に由来する
ガラスという呼び名はオランダ語に由来しています。日本では弥生時代からガラスが利用され、時代によってさまざまな呼び名がありました。古くは、サンスクリット語に由来する瑠璃(ルリ)や玻璃(ハリ)、漢語由来の硝子(しょうし)などと呼ばれていました。室町~江戸時代は、ポルトガル語でガラスを意味するビードロ(vidro)や、オランダ語やポルトガル語でダイヤモンドを意味するギヤマン(蘭:diamant, 葡:diamante)などとも呼ばれていました。その後、オランダ語でガラスを意味する「フラス、ガラス(Glas)」が定着しました。
参考 日本にオランダ語が伝わった経緯
参考 日本語になったオランダ語の外来語
グラスは英語に由来する
一方、グラスという呼び名は英語に経由しています。日本語に伝わった時期は正確には明らかになってませんが、ポルトガルやオランダ以外の欧米諸国との接触が盛んになった、18〜19世紀頃だと推測されます。
参考 日本にドイツ語が伝わった経緯
参考 日本にフランス語が伝わった経緯
- ガラス ← オランダ語:glas ← ゲルマン祖語:glasam(ガラス) ← 印欧祖語:ghel(輝く)
- グラス ← 英語:glass ← ゲルマン祖語:glasam(ガラス) ← 印欧祖語:ghel(輝く)
参照:glass (n.) – Online Etymology Dictionary
印欧祖語とは、インド・ヨーロッパ祖語(Proto-Indo-European)とも呼ばれ、多くのヨーロッパの言語の祖先となっている言語のことです。ガラスもグラスも、最終的には印欧祖語の「輝く」という言葉に由来しますが、この言葉はその他の英単語の祖先にもなっています。例えば以下の単語です。
- gild(金色に塗る)
- glade(空き地)
- glance(一見、閃光)
- glare(まぶしい光)
- gleam(かすかな光)
- glide(滑る)
- glimmer(かすかな光)
- glimpse(一見)
- glint(きらめき)
- glitter(輝く)
- gloaming(薄明り)
- gloss(光沢)
- glow(輝く/白熱)
- gold(金)
- yellow(黄)
どれも「輝く、光る、明るい」に関係している単語ですね。同じ語源を持っているのに、意味やスペルが微妙に異なるということで、広義には二重語と言えます。ただ、glow(輝く/白熱)とglitter(輝く)などはほとんど同じ意味を持っているので、どこまで二重語(=違う意味と形)と言えるのかは不明確です。言語学では、同じ語源を持つ単語のことを同根語(cognate)と呼んでいますが、ただの同根語とも言えます。また、英語のglassとオランダ語のglasの場合も、同じ語源なので同根語にあたります。
意味 | 形態 | 語源 | 言語 | |
---|---|---|---|---|
同根語 | – | – | 同じ | – |
二重語 | 違う | 違う | 同じ | 同じ |
改めてまとめてみます。
- 二重語とは、同じ言語内において、同じ語源なのに、違う意味や形を持つ単語のこと。
例1) 日本語のガラスとグラス
例2) 英語のglass、glance、glide等 - 同根語とは、同じ語源を持つ単語のこと。
例1) 英語のglassとオランダ語のglas
例2) 英語のglitterとglow等
「英語の二重語」に関しては下記の記事でまとめています。この記事では、日本語の二重語について、もう少し見ていきたいと思います。
日本語の二重語の歴史や例
ここでは日本語の二重語について見ていきます。
日本語の歴史を簡単に振り返ると、さまざまな借用語・外来語・カタカナ語を外国語から吸収してきました。例えば、中国語、ポルトガル語、オランダ語、ドイツ語、フランス語、英語などです。
3~4世紀に中国から漢語が伝わり、6世紀頃の仏教の普及とともに、さまざまな漢語が日本語に取り入れられました。16世紀にはポルトガル船(明船)が種子島に漂着し、ポルトガル語やスペイン語に由来する言葉が伝わりました。江戸時代にはオランダ語、明治時代以降はドイツ語、フランス語、そして英語などとの言語接触(language contact)が行われてきました。
二重語は、色々な言語から単語を借用することでも起こりやすくなります。特に、ヨーロッパの言語はもともと印欧祖語という同じ言語だったので、現在でも語源を共有している同根語が数多くあります。それらが日本語など他の言語に伝わる過程で、意味が変容し、二重語になることがあるからです。
下は日本語の二重語の例です。右は元となった単語です。
- マシーン ⇔ ミシン = machine(機械)
- アイロン ⇔ アイアン = iron(鉄)
- ウィップ ⇔ ホイップ = whip(鞭)
- トラック ⇔ トロッコ = truck(運搬車)
- レモネード ⇔ ラムネ = lemonade(レモン水)
- スティック ⇔ ステッキ = stick(棒)
- ストライク ⇔ ストライキ = strike(打つ)
トロッコ、ラムネ、ミシンのような日本でしか使わない言葉は、和製英語や和製外来語とも呼ばれています。
昔は同じ意味だった単語も、使い分ける必要があれば、別の呼び名で呼ばれることもありますよね。異なる単語を使いことは、語彙や表現、ひいては思考の豊かさをもたらすので、メリットがあることと言えます。
まとめ
今回は「二重語の意味・例」についてご紹介しました。
二重語とは、1つの言語の中で、同じ語源なのに、違う意味や形を持つ単語のことです。二重語は、さまざまな言語から単語を借用することで起こる現象です。ガラスとグラスの他にも、日本語は数多くの借用語・外来語・カタカナ語を取り入れて来たので、語源が同じなのに違う単語がいくつも存在します。