英語の語彙数は100万以上、とも言われるほど英語は様々な外国語から単語を取り入れて来ました。意味やスペルが違うのに、実は同じ語源の単語は「二重語(doublet)」と呼ばれていますが、英語の語彙が豊富なのは二重語も一因になっています。
そこで今回は「英語の二重語の例」と「なぜ英語の語彙は多いのか」についてご紹介したいと思います。
英語の二重語
前回書いた「日本語の二重語」でも紹介しましたが、二重語(doublet)とは、1つの言語の中で同じ語源なのに違う意味やスペルを持つ単語のことです。
現在までに英語の二重語は5000~6000以上も発見され、そのルーツを遡ると多くがインド・ヨーロッパ祖語(Proto-Indo-European)に由来しています。インド・ヨーロッパ祖語とは、印欧祖語とも呼ばれ、インドやヨーロッパの言語の祖先になった言語です。
例えば、英単語のthink(考える)とthank(感謝する)はどちらも別のルートを経由して英語に伝わりましたが、最終的には印欧祖語の「考える、感じる」という言葉が起源になっています。
- think(考える)← 古英語:þencan(考える)← ゲルマン祖語:þankijaną(考える)← 印欧祖語:*teng-(考える、感じる)
- thank(感謝する)← 古英語:þancian(感謝する)← ゲルマン祖語:þankaz(考え、感謝)← 印欧祖語*teng-(考える、感じる)
参照:think – Online Etymology Dictionary他
上はthinkやthankになるまでのかなり大まかな経緯です。thankの語源はもともと「考える」という言葉でしたが、徐々に「良い考え(good thoughts)」という意味で使われるようになり、現在では「感謝」を表す言葉として使われています。「ありがとう」を意味するthank youも、本来は「あなたのことを思う」のように使われていました。

英語にはこのような、同じ語源なのに違う意味や形になった二重語がたくさんあります。
英語の二重語の例
ここでは具体的な英語の二重語の例についてご紹介します。
英単語の由来や語源に関しては、Online Etymology Dictionary、Wiktionary、ジーニアス英和大辞典などを参考にしています。
cowとbeef
cow(牛)はゲルマン語経由、beef(牛肉)はラテン語経由で英語に伝わり、どちらも印欧祖語の「牛」に起源を持ちます。
- cow(牛) ← 古英語cu(牛) ← ゲルマン祖語*kwon(牛) ← 印欧祖語*gwou-(牛)
- beef(牛肉) ← 古フランス語buef(牛肉) ← ラテン語bos(牛) ← 印欧祖語*gwou-(牛)
元々どちらも同じ「牛」という言葉ですが、1066年にイングランドがノルマン人に支配されて以降、貴族が話すノルマン・フランス語(Norman French)と庶民が話す英語で社会が2層化しました。肉を食べる貴族はフランス語由来の「beef」を使い、家畜を飼育する庶民はゲルマン語由来の「cow」を使うようになったからです。

cowとbeefが使い分けられているのは、イングランドの支配層の歴史が関係しているんですね。
wordとverb
word(単語)はゲルマン語経由、verb(動詞)はラテン語経由で英語に伝わり、どちらも印欧祖語の「話す」に由来します。
- word(単語) ← 古英語word(話、言葉) ← ゲルマン祖語*wurda-(話す) ← 印欧祖語*were-(話す)
- verb(動詞) ← 古フランス語verbe(語) ← ラテン語verbum(語、言葉) ← 印欧祖語*were-(話す)
「単語」も「動詞」も元々は同じ言葉だったんですね。印欧祖語が話されていた時代は5000~6000年も前の時代なので、動詞や名詞などの品詞の区別がまだない時代でした。品詞(part of speech)という言葉が登場したのは、紀元前400~500年紀頃のインドや古代ギリシャ以降と言われています。

細かい時代になりました。
strangeとextraneous
strange(奇妙な、未知の)とextraneous(外部の、無関係の)は、経緯は違いますがどちらもラテン語の「外」に由来します。
- strange(奇妙な) ← 古フランス語estrange(珍しい) ← ラテン語extraneus(外部の) ← ラテン語extrā(外)
- extraneous(外部の) ← ラテン語extraneus(外部の) ← ラテン語extrā(外)
英語のstrangeは古フランス語を経由することで、古フランス語の意味が引き継がれたようです。語源となったラテン語のextraは英語やその他のヨーロッパ言語でも使われていますね。

「外」=「奇妙で珍しい」というのは何だか関連性がありますね。
catchとchase
catch(捕まえる)とchase(追跡する)はどちらも古フランス語とラテン語経由で英語に伝わり、印欧祖語の「取る」に由来します。
- catch(捕まえる) ← 古フランス語chacier(捕まえる) ← ラテン語captare(取る)←印欧祖語*kap-(取る)
- chase(追跡する) ← 古フランス語chacier(捕まえる) ← ラテン語captare(取る) ← 印欧祖語*kap-(取る)
英語に取り入れられてから言葉の意味がより細分化したようです。
conveyとconvoy
convey(運ぶ)とconvoy(護衛)はどちらも古フランス語とラテン語を経由して英語に伝わり、印欧祖語の「行く」に由来します。
- convey(運ぶ) ← 古フランス語convoiier(同行、護衛) ← ラテン語conviare(同行する) ← 印欧祖語*wegh-(行く)
- convoy(護衛) ← 古フランス語convoiier(同行、護衛) ← ラテン語conviare(同行する) ← 印欧祖語*wegh-(行く)
英語から古フランス語にかけて、「どのように同行するのか」で意味が分かれたようです。つまり、単に運ぶのか、それともエスコートするのかということですね。
その他の英語の二重語
その他にも英語の二重語には以下のような例があります。一覧にしてまとめてみました。
- camera ⇔ chamber
- capital ⇔ cattle
- car ⇔ chariot
- custom ⇔ costume
- disk, disc, dish, desk, dais
- garden ⇔ yard
- history ⇔ story
- host ⇔ guest
- hotel, hostel, hospital
- pocket ⇔ pouch
- reward ⇔ regard
- skirt ⇔ shirt
- warranty ⇔ guarantee
これらの単語の詳細については機会や需要があればまた改めて追記したいと思います。

多くの単語は、語源を遡ると何かしら共通する単語に行きつくので、ある意味では全ての単語が二重語だと言えてるかもしれませんね。
なぜ英語の語彙は多いのか
英語の語彙が豊富な理由は、様々な言語から単語を取り入れたことが要因です。
英語はゲルマン語派(Germanic languages)に属しているので、直接的には祖先であるゲルマン祖語やインド・ヨーロッパ祖語の語彙を引き継いでいます。以前紹介した「語彙の共通度(Lexical Similarity)」のデータでも、英語は同じゲルマン語派のドイツ語と約50~60%の単語が共通しています。日常会話に限れば一致率は約80%にもなります。(数値に偏りがあるのは、調査主体によって調査方法が異なるからです)。
一方、間接的にはギリシャ語、ラテン語、フランス語などから単語を借用してきました。実はラテン語系のフランス語とも約25~45%の単語が一致しています。実はゲルマン語に由来する本来語(native word)は20~30%程度しかありません。英単語の50%近くはラテン語やフランス語に由来しています。

ヨーロッパは地続きなので、言語接触(language contact)の機会が多く、言語グループに関わらず単語や文法の借用が起こります。お互いに英語とスコットランド語や、ドイツ語とオランダ語の組み合わせのように、相互理解可能(mutual intelligibility)な言語も存在します。

英語はレイヤーケーキ言語(layer-cake language)とも呼ばれ、「英語、フランス語、ラテン語、ギリシャ語」の3~4層に多層化しています(参照:“Historical Layers of English” Reading Rockets)。
取り入れた単語には、thinkやthankなどのように、もともと同じ語源の言葉も存在します。また、ラテン語やフランス語から再輸入することで、単語の意味が変化する場合もあります。このような二重語の存在も、英語の語彙の豊富さの一因になっています。

英語はまるでミルフィーユやバウムクーヘンのような言語だと言えますね。
まとめ
今回は「英語の二重語の例」と「なぜ英語の語彙は多いのか」とについてご紹介しました。
二重語とは、1つの言語の中で、同じ語源なのに違う意味やスペルを持つ単語のことです。
英語の語彙が豊富なのは、様々な言語から単語を取り入れたことが主因ですが、それに加え、取り入れた単語の意味が変化して二重語になったことも一因です。英語の語彙は100万以上あるとも言われていますが、二重語も数千以上発見され、語彙の豊かさの一因になっています。