日本人は英語が苦手なのか?
という疑問ついては長いこと議論されてきましたが、そもそも日本だけで話題になっている問題なのでしょうか。スペインの代表的な新聞『EL PAÍS』に興味深い記事があったのでご紹介します。どうやら、日本だけでなくスペインでも英語を話せないことが問題になっているそうです。スペインにおける英語事情を見れば、何か日本人の英語学習に役立つことがあるかもしれません。
スペイン人の60%は英語が苦手
2017年に実施されたスペイン社会学研究センター(CIS)の調査によると、約60%のスペイン人が英語で「話す・読む・書く」ことができない、と認識しているそうです。
Nearly 60% of Spaniards recognize that they can’t speak, read or write in English, according to the latest poll from Spain’s CIS state research institute.
引用元 – “Nearly 60% of Spaniards say they can’t read, speak or write in English” EL PAÍS (05/01/2017)
スペインでは英語のステータスが低いというわけではなく、最も話されている第二言語は英語で27.7%です。次いでフランス語の9%、ドイツ語の1.7%、ポルトガル語の1.2%です。また、外国語を学ぶ重要性を感じていないわけでもなく、94.8%の人は外国語が重要だと思っているそうです。
ですが、英語が実生活で必要なのかは別の話です。なぜなら、スペイン人の過半数(66.9%)は、第二言語を話せないことを不便に感じていない、という結果が出ているからです。生活に支障がないのなら、学ぶモチベーションも上がらないですよね。
年齢層による違いもあります。特に、高齢者の大多数はスペイン語しか話せないそうです。アンケートの回答者の約90%は「両親は第二言語を話さない」と答えています。この原因はグローバル化という時代の変化も一因のようです。
「英語は苦手だけど、そこまで生活に必要じゃない」という状況は、日本にも当てはまることかもしれません。やる気が引き出すような動機づけを見つけて、学習に繋げたいですね。
スペイン人の英語力はEUでほぼ最下位
他のヨーロッパの国々はどうなのでしょうか。欧州連合の統計局であるユーロスタット(Eurostat)などの調査によれば、スペインの英語力は、ヨーロッパ中でもほぼ最下位なんだそうです。
In fact, surveys from the European Union’s statistical office, Eurostat, and a report from the foreign language company, Education First, place Spain close to the bottom of the ladder compared to the rest of Europe when it comes to English proficiency.
引用元 – “Spain continues to have one of the worst levels of English in Europe” EL PAÍS (11/11/2019)
2021年の「EF英語能力指数(English Proficiency Index)」を調べてみると、スペインの英語能力は世界で33位でした。日本の78位と比べればかなり高いですが、ヨーロッパ諸国と比べればそれほど高くありません。ちなみに、2020年はスペイン語は34位、日本は55位でしたので、日本は23位もランクを下げたことになります。
ランクインされている国を見てみると、上位のほとんどは英語が話されている国か、英語と同じ言語グループ(ゲルマン語派)が話されている国です。
Global ranking of countries and regions
1 オランダ 2 オーストリア 3 デンマーク 4 シンガポール 5 ノルウェー 6 ベルギー 7 ポルトガル 8 スウェーデン 9 フィンランド 10 クロアチア 11 ドイツ 12 南アフリカ 13 ルクセンブルク 14 セルビア 15 ルーマニア 16 ポーランド 17 ハンガリー 18 フィリピン 19 ギリシャ 20 スロバキア ・・・78 日本
出典:“The world’s largest ranking of countries and regions by English skills” EF EPI
例えば、上位のオランダ、オーストリア(独語)、デンマーク、シンガポール(英語)、ノルウェー、ベルギー(独蘭)、スウェーデン、ドイツなどの公用語は、すべて英語と同族のゲルマン語派の言語です。以前書いた「英語ネイティブにとって難しい言語と簡単な言語」でも紹介しましたが、どれも英語話者にとって学びやすい言語で、類似性があります。
そのため、英語が得意かどうかは、「公用語が英語と似ているか」というのも1つの要因です。
元々同じ言語(ゲルマン祖語)だったので、現在でも文法や語彙に共通しているところが多々あります。
もちろん理由はそれだけではありませんが、例えばスペイン語は俗ラテン語(話し言葉のラテン語)から生まれたイタリック語派・ロマンス諸語に属している言語です。ロマンス諸語が話されているヨーロッパの国の順位は、ポルトガル(7位)、ルーマニア(15位)フランス(31位)、スペイン(33位)、イタリア(35位)などで、ゲルマン語派が話されている国よりは高くはありません。
ただ、ポルトガルだけ妙に健闘しています。
先ほどのユーロスタットの調査によると、2007年のスペイン人(25~64歳)の46.6%は、外国語をまったく話せなかったと報告しています。2016年に45.8%に低下したものの、減ったのは0.8%だけ。他のヨーロッパの国と比べるとあまり減ってないそうです。
下は、2007と2016年の外国語を話せる割合の変移です(EL PAÍSより)。
- ポルトガル 51% → 31%
- ギリシャ 43% → 33%
- イタリア 38% → 34%
- スペイン 46% → 45%
減少率という視点では、スペインは他のヨーロッパの国と比べてほとんど変わっていません。ポルトガルの減少率が何故か大きいのが気になりますが、「EF英語能力指数」は依然高い7位でした。
若年層(25~34歳)に絞ると、ポルトガル、ギリシャ、イタリアの82%以上が少なくとも1つの外国語を話すことができるそうです。一方、スペインは66%です。低くはない数字ですが、隣国は82%以上です。そのため、スペインで「なぜスペイン人は英語が話せないのか?」という議論が交わされるのも、当然かもしれません。
スペイン人はなぜ英語が苦手なのか?
EL PAÍSによると、スペイン人が英語が苦手な理由は、①スペインの大きさ、②スペインの一人当たりのGDPの低さ、③世界におけるスペイン語話者の多さ、の3つが関係していると述べています。
According to experts, the poor result is explained in part by the size of Spain, its relatively low GDP per capita and the number of people who speak Spanish worldwide.
引用元 – “Spain continues to have one of the worst levels of English in Europe” EL PAÍS
順番に見ていきたいと思います。
大きな国はパフォーマンスが悪い
スペインの大きさ(size of Spain)というのは、規模が大きい国ほど政策のパフォーマンスが低下する、という主張です。逆に、小さい国ほど外部に対してオープンになる、とも言及しています
スペインの国土は、EUの中ではフランスに次いで2番目の大きさです。統治規模が大きくなるほど、細かなところへ政策が行き渡りづらくなる、というのは統治や運営ではよくある傾向です。言語や経済に限らず色々な国別ランキングを見ていても、上位の国の中には東京都と同じくらいの人口規模の国がたくさんあります。あくまで一因に過ぎませんが、統治のしやすさは人員や規模と無関係ではありません。
経済力は言語力に関係している
2つ目は経済的な要因で、特にスペインの一人当たりのGDPが低いことを指摘しています。
2020年のスペインの一人当たりのGDPは32位です。ドイツは16位、イギリスは22位、日本は23位、フランスは24位、イタリアは28位、ポルトガルは38位なので、高いとは言えないかもしれませんが、低いとも言えないと思います。
なぜなら、英語力が高かったポルトガルより、スペインの方が一人当たりのGDPが高いからです。
ちなみに、スペインの2020年の名目GDPは世界で14位です。日本3位、フランス7位、ポルトガル49位で、名目GDPにおいても低くはありません。そのため、個人的には必ずしも経済力と言語力の低さは直結しないと思います。ただ、スペインはEUでもあまり経済がよくない「PIGS」と呼ばれている国の1つなので、全く関係ないとも言い切れません。ちなみにPIGSはポルトガル、アイルランド(以前はイタリア)、ギリシャ、スペインの4ヵ国です。
ただやはり、英語力が高いポルトガルは一人当たり・名目GDPがともにスペインより低いので、根拠としては不完全かなと思います。ポルトガルが例外なのかもしれませんが。
経済的な地位 ≠ 言語ステータス?
反対に、経済力が低いからこそ英語を学ぶ必要性がある、という考え方もあるはずです。ポルトガルとスペインの関係はこちらの方が説明がつきます。
英語が公用語のシンガポールも一例です。人口が約560万人のシンガポールは東京23区ほどの国土ですが、一人当たりのGDPは世界8位です。昔からここまで高かった訳ではなく、海外からの投資を呼び込むなど外資を誘致し、国際ビジネスのハブ拠点として急成長を遂げました。もちろん、公用語の1つが英語なのも成長を後押しています。シンガポールのEF英語能力指数は、2020年度は10位、2021年は4位でアジア最高位です。
スペイン語があれば何でもできる
3つ目の理由は、スペイン語が世界中で話されている超グローバル言語だからです。
「スペイン語を学ぶメリット」の記事でも書きましたが、スペイン語のメリットの1つは、話される国や地域が1つだけに限定されず、世界中に需要があるという点です。
スペイン語を公用語にしている国は21か国あり、世界で4番目に多い数です。2021年の総話者数は5億4300万人で、こちらも世界で4番目に多い数です。
これだけ大きな規模だと、音楽、スポーツ、観光、娯楽、文学にいたるまで、スペイン語があれば何でも出来てしまいます。
それを裏付ける根拠として、スペイン語にはとても大きな吹き替え・翻訳業界が存在します。見たい映画の吹き替えや、読みたい本の翻訳版がないのなら、自分で原語を理解するしかありません。スペイン語にはだいたい翻訳版があるので、外国語を学ぶ機会が減ってしまっている、という指摘があります。外国語を学ぶ必要性がないなら、趣味で学ぶ以外は誰も学ばないですよね。
日本とスペインの言語事情の共通点
ここまで、EL PAÍSが紹介した、①国土の大きさ、②経済力の低さ、③話者数の多さ、を見てきました。これに加えて、個人的には「言語グループの違い」も一因だと思います。
日本とスペインは意外と共通点があるようです。
3つ目の話者数の多さに関しては、「自分の言語で何でも補完できる」というのは日本にも当てはまる点です。日本と英語能力の関係でたびだび指摘されるのが、「日本語で学問を学べる」ということです。もちろん分野にもよりますし、最先端の研究については英語の論文を読まなければいけません。このことについては、2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹氏も「日本語で自然科学が学べる幸せ」と言及されていました。
参照:“日本語で科学を学び、考えることができる幸せーーノーベル化学賞の白川英樹博士が語る先人たちへの感謝” Mugendai(リンク切れ)
江戸時代から明治時代にかけ、先人が西洋の先進的な技術や学問を日本語に取り入れ、現在の学問体系の基盤が築き上げられました。和訳された新しい言葉は、漢字圏や旧漢字圏に逆輸出され、現在でも使われています。
もし母語で学ぶことができないのなら、まず外国語を学び、その後に外国語でそれぞれの分野について学ぶ必要があります。この点で日本とは異なります。
そのため、日本人は英語が苦手だと言われているのは、日本語で色々な学問が学べるから、というポジティブな理由もあります。外国語が話せなかったり、苦手だったりということは、必ずしもネガティブな側面だけではないということですね。
学問は楽しく、ポジティブに進めたいですね。
まとめ
今回は「スペイン人の英語力がヨーロッパで比較的に低い理由」について、スペインの新聞記事EL PAÍSなどからご紹介しました。EL PAÍSによる要因は以下の3つです。
- スペイン国土の大きさによるパフォーマンスの悪さ
- スペインの一人当たりのGDPの低さ
- 世界におけるスペイン語話者の多さ
スペインと日本が抱える言語事情の共通点には、以下の3点が考えられます。
- 英語と言語グループが異なるので、比較的に学習難易度が高い
- 統治規模が大きいことなどから、政策パフォーマンスが悪い
- 母語を使う機会が多く、英語を学ぶ必要性と場面が少ない
日本とスペインは、意外と多くのことが共通しているかもしれませんね。これらの要因を認識した上で、あせらずマイペースで言語学習を頑張っていきたいですね。